そんな私のカードな日々(ボイジャータロットでスピリチュアル)

私を表現していくということ

ある方が教えてくれました。

私はいわゆる私。

でも、ひらがなのわたしは、神性を含んだ
大きな私なのだと。

ひらがな文化の日本では、
ごくごく自然に広い意識でのわたしを
生きています。

調和のこころ、ひとりがみんな、みんながひとりという
高い意識にあるのです。

タロットの世界では、1~7は私の世界。
7でわたしに目覚めて、全体の中のわたしという
生き方をするといわれています。

でも、日本人は、極端にいえば、
スタートが8からみたいなところがあるのです。

ただし、そのために自己表現が足りません。

私もよく娘に指摘されますが、
主語を言わない。
「ん? 誰が? 誰のこと?」

私が、〇〇さんが、そこの表現があいまいだと
いうのです。

それから、これもよくあるケースですが、
自分が嫌だな、断りたいとき、
「主人がだめだって」
「子供が嫌がるのよ」
誰かのせいにします。

スピリチュアルな場面でもときどきありませんか?

自分の欲求(わがまま)をインナーチャイルドや
ハイアーセルフのことばにしちゃってること。

インナーチャイルドやハイアーセルフが
そのことばを表現しなければいけませんか?
私と表現しちゃ、だめですか?
なぜ、私がさも分離しているように
表現しちゃうのでしょう。

今を生きているのは誰ですか?
誰がそれを感じているのでしょうか?

このあたりの私の感覚、実はとても大切で、
自分という軸がないと、自己表現があいまいになります。

私は何がしたいのか。
私は何を感じているのか。
私はどこに向かっているのか。

和の心は素晴らしいのですが、
このひとりひとりが自分を持っている、
その上に成り立つ和がより大きく、より広がります。

自己表現を磨くなら、
まずは、表現の責任をちゃんととること。
誰かのせいにしないこと。

そして、いつも自分に正直であること。

私も、主語をちゃんと言って話しますよ~
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by laetitia-takako | 2011-12-27 11:28 | 日記
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