そんな私のカードな日々(ボイジャータロットでスピリチュアル)

2010年 07月 11日 ( 1 )

私たちは冒険者 ワンドの子供 Seeker

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子供のカードをひくと、自分の枠が一つ外れたような
感じがします。

いろいろなものを捨てて「0」 に戻っている気分。


中央にいる矢を持った子供は冒険者。

自分が何者なのか、
どこから来て、どこに行こうとしているのかを
探し求めています。

その瞳の見つめる先は、虚空か、
それとも、生きる目標か。
それすら、探している目なのか。


生きていると、いろんなことが起きてきます。

人生は自分のプランだというけれど、
こんなこと計画した覚えはないぞというようなこともしばしば。

何で、こんなことになったんだろう。
立ち止まってしまうこともあります。

でも、最近思うことは、起きていることの理由を
考える必要はないのかも知れないということ。

それは、私の無意識が望んだことかも知れないし、
また、相手の無意識の中にあったことが表面化したかも知れないし、
あるいは、前世で起きたトラブルのカルマの解消かも知れないし。

果たして、何が作用して、
ここに現実化されたかは実はわからないのです。

ただ、わかっていることは、
それは起きてしまったということ。

そして、大切なのは、起きたことをどう受け止め、
自分はどう行動するかということ。

理由を考えるのは、自分を納得させたいからに
過ぎない気がします。

自分を納得させたいというところが、
実はエゴなのかも知れない。

冒険者は進む。
道で大きなモンスターに出会ってしまう。
出てきたモンスターと対面し、知恵を絞って戦う。
そして、また、新たな旅にでる。

冒険者の出会うモンスターは、
実は、自分の中にある。
不安、恐れからくる妄想。
それが強ければ強いほど、妄想は大きくなる。

誰かに向けている不信感や猜疑心は、
実は自分の中のモンスターなのだ。

モンスターの正体を見つめること。

それは、旅の目的を思い出すことにもつながる。

大切なのは、起きたことをどう受け止め、
自分はどう行動するかということ。

その行動が愛からのものであるように。

それがエゴからくるのか、それとも愛からくるのか。

このカードには、エゴはない。
小さな冒険者の目には、エゴがない。

今日は、小さな冒険者でありたいと思います。
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by laetitia-takako | 2010-07-11 05:11 | 日記



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